すゞろなる記

すずろ【漫ろ】〈形動ナリ〉たいしたものではない。たわいもない。

分かったような、分からないような

もうじき梅雨明けを感じさせる、茹だる様な日曜日の昼下がり

こんな陽気の日は、何故か昔読んだ書籍の一場面が頭をよぎる

 

吾輩は猫である」から、主人公(吾輩)の近所に住まう、二弦琴のお師匠さんの飼い猫三毛子との会話の下り

三毛子「あれでも、もとは身分がたいへんよかったんだって。

    いつでもそうおっしゃるの」

吾輩 「へえ元はなんだったんです」

三毛子「なんでも天璋院さまのご祐筆の妹のおよめにいったさきの

    おっかさんのおいのむすめなんだって」

吾輩 「なんですって?」

    (途中省略)

三毛子「ええ。わかったでしょう」

吾輩 「いいえ。なんだか混雑して要領をえないですよ。

    つまるところ天璋院さまのなんになるんですか」

三毛子「あなたもよっぽどわからないのね。だから天璋院さまのご祐筆の

    妹のおよめにいったさきのおっかさんのおいのむすめなんだって、

    さっきからいってるんじゃありませんか」

吾輩 「それはすっかりわかっているんですがね」

三毛子「それが分かりさえすればいいんでしょう」

吾輩 「ええ」

としかたがないから降参をした。われわれはときとすると理づめのうそを

つかねばならぬことがある。

 関係図をまとめてみた

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天璋院と祐筆の関係は、当時は「お仕え」なのだろうが、今風に「雇用関係」とした。

同じ場面を英語版(I Am a Cat)から引用してみる。

三毛子"You may not think so, but she used to be a person of high standing.

    She always tells me so."

 吾輩 "What was she originally?"

三毛子"I understand that she's the thirteenth Shogun's widowed wife's private-

    secretary's youger sister's husband's mother's nephew's daugter."

 吾輩 "What?"

     (途中省略)

三毛子 "Yes, you've got it."

吾輩 "Not really. It's so terribly involvd that I still can't get the hang of it. What

    exactly is her relation to the thirteenth Shogun's widowed wife?"

三毛子"Oh, but you are so stupid! I've just been telling you what she is.

    She's the thirteenth Shogun's widowed wife's private-secretary's youger

    sister's husband's mother's..."

吾輩 "That much I've followed, but..."

三毛子"Then, you've got it, haven't you?"

吾輩 "Yes. "

I had to give in. There are times for little white lies.

天璋院はthe thirteenth Shogun's widowed wifeと訳してある。もっとも、widowは未亡人、後家、寡婦を指し、「男やもめ」はwidowerとなる。Tenshō-inと訳してもいまいち通りが良くないのだろうが、なんとも直接的な言い回しである。

(ご)祐筆はprivate-secretary(秘書)となっている。

二弦琴はtwo-stringed harpである。

なお、white lieで「罪のない嘘」となる。

ところで、「天璋院さまのご祐筆の妹のおよめにいったさきのおっかさんのおいのむすめ」は詰まるところ、それで一体何だというのだろうか。明治38年の作品だから、当時は幕臣や大名との関係性を誇示する人々がいて、それを漱石は皮肉ったのかも知れない。もっとも、「つまるところ・・・なんになるんですか」と疑問を覚える人を目の当たりにするのは今の世も同じなのだけれども、拘泥すると「三毛子」に叱られるかも。